しまなみ瀬戸田・今治市能島潮流体験記

水軍の郷 能島 のしま

能島(のしま)は、瀬戸内海のほぼ中央、伯方島と大島との間の宮窪瀬戸、鵜島の南西に位置する無人島。愛媛県今治市(旧:越智郡宮窪町)に属する。

 

周囲720メートル、面積約2.5平方キロメートルの小島。属島として鯛崎島が南にある

 

水軍で栄えた町

中世、村上水軍の一派、能島水軍(野島氏)が水軍城を設けた。この付近の海域は帆船時代、瀬戸内海航路の最も重要な航路の一つであった。しかも宮窪瀬戸の東側で能島と鵜島とが流れをさえぎるような位置関係であることから、干満時には激しい潮流を生み、渦巻く急流は天然の要害ともなった。このため、平時には通過する船に対して水先案内人として行きかう船を案内し、帆別銭(一種の通行料)を徴収、室町期以降この地に能島城を築き、この海域の制海権を掌握していた。能島城には本丸、二の丸、三の丸、出丸などがあり、中世の水軍城としても規模が大きいものであった。なお、能島には水が得られないことから、近傍の鵜島や木浦から補給していたとされる。

 

戦国末期、村上氏は豊臣秀吉との戦いに参戦したが敗北を喫し、秀吉の海賊停止令により、水軍の歴史は終わりを告げた。能島城は廃城となり、江戸時代以降無人島となったため、その城塞遺構はよく保存されている。

 

1953年国の史跡となり、1973年に愛媛県教育委員会は「能島水軍の里」を設置した。その後もたびたび文化財調査等が行なわれている

 

潮流体験

水軍が跋扈していた海が今もそのままにあります。
流れがきつく、容易に渡れない海を案内していたのが水軍でした。

 

まるで渓谷の急流のように激しく流れる潮流。
舞台は瀬戸内海、芸予諸島。古来よりこの海域は、瀬戸内海を往来する船にとって“最大の難所”といえます。

 

なかでも、能島の周囲は最大10ノット(時速約18km)にもなる潮流が渦巻き、時には船を呑み込んでしまうほどです。

 

複雑で激しい音としぶきをあげる潮流をかき分け船が進みます。目の前には天然の要塞・能島(国指定史跡)。

 

動乱の戦国時代、瀬戸内海を制圧した村上水軍のふるさとを間近にみられることから、歴史ファンはもちろん、子供から大人まで海の醍醐味を堪能できます。

 

村上水軍博物館前を出発し、能島城跡→船折瀬戸→見近島→伯方・大島大橋をめぐる
迫力あるクルージング。
村上水軍の歴史ロマンに浸りながら、それを育んだ自然のすばらしさを肌で体感できます。